新着情報

ホーム > 新着情報 > 新着情報(2020年以前) > 進歩性について (5) 最近の裁判例(平成20年(行ケ)第10096号)


進歩性について (5) 最近の裁判例(平成20年(行ケ)第10096号)

1.はじめに
 進歩性の判断基準の傾向を探る上で参考となる最近の裁判例として、平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件を紹介します。
 本件は、拒絶査定不服審判の審決が取り消された事例です。

2.本願発明の内容
 下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と、含有量が接着剤組成物100体積に対して、0.1~10体積%である導電性粒子よりなる、形状がフィルム状である回路用接続部材。
 (1)ビスフェノールF型フェノキシ樹脂
 (2)ビスフェノール型エポキシ樹脂
 (3)潜在性硬化剤

3.引用発明の内容
 下記(1)~(4)の成分を必須とする接着剤組成物と、含有量が接着剤組成物100体積に対して、0~30体積%である導電粒子よりなる、形状がフィルム状である接着フィルム。
 (1)アクリル樹脂
 (2)フェノキシ樹脂
 (3)ビスフェノール型エポキシ樹脂
 (4)潜在性硬化剤

4.本願発明と引用発明との相違点
 引用発明の「フェノキシ樹脂」が、本願発明ではその下位概念である「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」として特定されている点で相違します。

5.裁判所の判断
 裁判所は、本事案を判断する前提として、まず、次のような判断を示しました。なお、ここで示されている判断は他の判決においても引用されています。
「特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。
 さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」

 そして、上記観点から本事案について次のように判断しました。
(a)本願発明がビスフェノールF型フェノキシ樹脂を必須成分としているのは、その接続信頼性及び補修性を向上させる課題を解決するためである。
(b)一方、引用例には、相溶性や接着性に問題があるとの記載はない上、考慮要素としては耐熱性、絶縁性、剛性、粘度等々の他の要素も存在するから、相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等がされていると認めることはできない
(c)また、一般的に、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が本願出願時において既に知られた樹脂であるとしても、それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていたという証拠もない
(d)さらに、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べてその耐熱性が低いというビスフェノールF型フェノキシ樹脂の性質に照らすと、良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として、格別問題のないビスフェノールA型フェノキシ樹脂に代えて、耐熱性が劣るビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが、当業者には容易であったとはいえない。
 以上から、引用発明のフェノキシ樹脂についてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが当業者にとって容易想到であるということはできない。

6.考察
 本事案では、容易想到性の判断には本願発明の課題の的確な把握が必要不可欠であるとの観点に立って、まず課題(接続信頼性及び補修性の向上)について検討されています。その上で、引用例にはその課題が記載されておらずビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等が存在しないことや、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂がその課題を解決する特性を有することが本願出願時において公知でないことなどを理由に、容易想到であるとはいえないと判断されています。
 この点、たとえ引用例に課題の記載や明示的な示唆等が存在しなくても、フェノキシ樹脂としてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いようと当業者が試みることに格別な困難性はないとの見方もあり、実際に特許庁では進歩性が否定されていますが、本事案では裁判所が特許庁に比べ動機づけの認定を厳格に行ったことにより判断が異なったものと思われます。
 審査・審判等の実務においても、本事案のように動機づけを重視した判断が今後増えていく可能性がありますので、このようなケースにおいて本願発明の課題に基づく主張を検討することは実務上有効であると考えられます。


弁理士 竹中謙史

国内知財情報

2021年11月26日 機能的クレームについての技術的範囲の解釈
2021年11月16日 特許審査の進歩性判断における阻害要因について
2021年10月7日 機能で特定した抗体の発明は、特許を受けることができるか?
2021年8月24日 パリ条約に基づく部分優先の判断手法が示された裁判例の紹介
2021年6月22日 改正法情報 -権利の回復要件の緩和-
2021年6月4日 特許権等の侵害訴訟における第三者意見募集制度の導入
2021年5月25日 岐阜県内中小企業の特許・実用新案・意匠・商標の外国出願助成金(令和3年度募集)
2021年5月25日 愛知県内中小企業の特許・実用新案・意匠・商標の外国出願助成金(令和3年度募集)
2021年4月23日 特許法等の改正案が閣議決定
2021年4月13日 審査官とのオンライン面接を活用しましょう
2021年3月30日 進歩性における「有利な効果」の判断基準が明確化!
2021年1月26日 特許庁への手続きにおける「押印廃止の範囲拡大」のお知らせ
2019年6月11日 特許法等の一部を改正する法律(令和元年5月17日法律第3号)の公布について
2019年3月7日 新たな特許料等の減免制度について(審査請求料・特許料(第1年分~第10年分))
2019年1月16日 出願審査請求料改正のお知らせ(2019年4月1日施行)
2018年5月31日 法改正(2018年6月9日施行)
2018年5月16日 東海地方の中小企業を対象とする外国出願補助金のご紹介
2018年2月15日 「特許戦略ポータルサイト」~「自己分析用データ」提供サービスのご紹介~
2016年6月14日 平成28年度中小企業知的財産活動支援事業費補助金(中小企業等外国出願支援事業)
2016年4月5日 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの「物」の発明から「物を生産する方法」の発明へのカテゴリー変更を含む訂正審判事件の審決について
2016年4月1日 研究論文だけで簡易な特許出願ができます
2016年2月1日 食品の用途発明に関する審査の取扱いについて
2016年1月29日 特許料等の料金改定について(平成28年4月1日施行)
2015年8月10日 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの訂正手続について
2015年3月27日 特許異議申し立て制度に関して
2014年5月28日 外国出願にかかる費用の半額補助(中部管内の実施状況)
2014年5月24日 特許法等の一部を改正する法律(平成26年5月14日法律第36号)の公布について
2014年5月23日 平成26年度中小企業知的財産活動支援事業費補助金(中小企業外国出願支援事業)
2014年5月16日 日本貿易振興機構(JETRO) 海外における知的財産権の侵害調査および権利行使(中小企業海外侵害対策支援事 業)
2014年4月1日 前置報告を利用した審尋の運用変更について
2014年2月25日 東京都知的財産総合センター 「平成26年度 第1回知的財産に関する助成事業説明会のご案内」
2014年2月21日 中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業 (新ものづくり補助金)
2014年1月16日 中小・ベンチャー企業、小規模企業の特許料が約1/3 に!!
2013年12月28日 産業競争力強化法に基づく特許料等の軽減措置について
2013年11月22日 中小企業の特許庁手数料
2013年10月4日 知的財産権を利用したローン
2013年9月18日 科学技術振興機構  A-STEP:第三回公募(【FSステージ】シーズ顕在化タイプ)及び応募相談会
2013年9月16日 経済産業省:営業秘密 ~営業秘密を守り活用する~
2013年8月21日 平成25年度 第2回 知的財産に関する助成事業説明会のご案内 東京都知的財産総合センター
2013年7月18日 岐阜県内中小企業の外国出願(特許、実用新案、意匠、商標)支援事業 ~二次募集のご案内~
2013年7月18日 愛知県内中小企業の特許・実用新案・意匠・商標の外国出願助成金(平成25年度第2回募集)
2013年4月25日 愛知県内中小企業の特許・実用新案・意匠・商標の外国出願助成金
2012年7月23日 特許料等の減免制度
2012年4月16日 登録となった特許を活用するために
2012年1月25日 意匠登録料の改定(値下げ)について
2012年1月17日 審査請求料の納付繰延制度の終了について
2011年10月13日 著作権者の承諾を得なくても著作物を利用できる場合について
2011年10月6日 著作権判例紹介:ときめきメモリアル事件、三国志III事件
2011年9月30日 「明細書及び特許請求の範囲の記載要件(36条)」の審査基準改訂
2011年8月9日 著作権判例紹介:ロクラクII事件
2011年7月8日 出願審査請求料改正のお知らせ
2011年7月4日 著作権判例紹介:まねきTV事件
2011年1月20日 中小企業等特許先行技術調査事業(※今年度で終了)
2010年10月15日 平成22年度(予備費事業)戦略的基盤技術高度化支援事業の公募についてのお知らせ
2010年9月17日 新技術開発助成のお知らせ(財団法人新技術開発財団)/募集期間:10月1日~10月20日
2010年9月1日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(商標)
2010年6月22日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第10回)
2010年6月18日 新規性喪失の例外の適用について
2010年6月15日 外国出願の補助金
2010年5月28日 愛知県海外特許等取得・知的財産活用促進事業費について
2010年5月14日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(意匠2)
2010年4月20日 著作権の移転登録について
2010年4月16日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(意匠1)
2010年4月13日 著作物の利用について
2010年3月19日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許6)
2010年3月12日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第9回)
2010年2月26日 『進歩性』のケーススタディの公開
2010年2月23日 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権などの知的財産権の侵害品
2010年2月16日 進歩性について (7) 最近の裁判例(平成21年(行ケ)第10265号)
2010年2月9日 特許・実用新案審査基準HTML版の有用活用
2010年1月19日 進歩性について (6) 最近の裁判例(平成21年(行ケ)第10080号)
2010年1月12日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第8回)
2009年12月16日 特許活用企業事例集の紹介
2009年12月8日 進歩性について (5) 最近の裁判例(平成20年(行ケ)第10096号)
2009年11月24日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第7回)
2009年11月20日 歴史上の人物名からなる商標登録出願の取扱いについて~審査便覧が改訂されました~
2009年11月16日 早期審査の事例紹介
2009年11月9日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許5)
2009年11月5日 「産業上利用することができる発明」、「医薬発明」の改訂について
2009年11月3日 早期権利化のための制度紹介(グリーン早期審査)
2009年11月2日 進歩性について (4) 近年の進歩性判断基準の傾向
2009年10月29日 2009年度休日パテントセミナーin名古屋のご報告
2009年10月22日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許4)
2009年10月14日 特許等の出願費用に対する資金的支援制度の紹介(第2回目)
2009年10月8日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許3)
2009年10月2日 早期権利化のための制度紹介(特許出願におけるその他の制度)
2009年9月24日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許2)
2009年9月18日 知的財産戦略を実行するメリット、持たない場合のデメリット
2009年9月9日 ヒット商品に見る知的財産権シリーズ(特許1)
2009年9月1日 特許侵害を主張する外資系企業との交渉について
2009年8月21日 早期権利化のための制度紹介(特許出願における面接制度)
2009年8月18日 シフト補正の禁止 国内優先権主張出願の場合の適用について
2009年8月15日 「特許戦略ポータルサイト」の紹介
2009年8月10日 特許権行使の戦略的な意味について
2009年8月7日 特許等の出願費用に対する資金的支援制度の紹介(第1回目)
2009年8月4日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第6回)
2009年7月16日 設計事項について
2009年7月13日 不正競争を根拠とする商品等表示の差止が認められた事例
2009年7月10日 早期権利化のための制度紹介(特許における早期審査制度)
2009年7月7日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第5回)
2009年7月1日 進歩性について (3)相違点に関する容易性の判断
2009年6月15日 拒絶理由通知について
2009年6月4日 他社に製品のデザインを真似されたら~意匠登録がない場合
2009年6月1日 進歩性について (2)本件発明の要旨認定~一致点・相違点の認定
2009年5月29日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第4回)
2009年5月11日 進歩性について (1)判断手順
2009年5月7日 審査請求料返還制度のご紹介
2009年4月28日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第3回)
2009年4月13日 中小企業等特許先行技術調査事業のご紹介
2009年4月9日 ソフトウエア特許について知財高裁が第一審の判断を取り消し認容判決(知財高裁平成21年2月18日(平成20年(ネ)第10065号))
2009年4月6日 審査請求料の納付繰延制度
2009年3月30日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第2回)
2009年3月26日 「特許検索ポータルサイト」の紹介
2009年3月20日 分割出願可能な時期について:改正法情報
2009年3月16日 特許出願技術動向の調査の活用
2009年3月12日 プログラムが「著作物」と認められない場合について
2009年3月6日 日本において全体意匠出願の後に部分意匠出願する場合の注意点
2009年2月27日 パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第1回)
2009年2月6日 微生物の寄託について
2009年2月4日 早期権利化のための制度紹介(早期審査、早期審理、面接、他)
2009年1月13日 平成20年法律改正(平成20年法律第16号)解説書について
2009年1月5日 特許・実用新案の出願様式の変更についての詳細情報
2008年12月23日 特許・実用新案の出願様式の変更

ページの先頭に戻る

ホーム > 新着情報 > 新着情報(2020年以前) > 進歩性について (5) 最近の裁判例(平成20年(行ケ)第10096号)