2025.11.20 国内知財情報
除くクレームをめぐる近時の動向と実務への示唆

1.はじめに
| 除くクレームをめぐる近時の動向 | |
| 平成20年 5月30日 | ソルダーレジスト事件大合議判決 |
| 平成22年 6月 | 特許庁が審査基準を改訂 |
| 令和 5年 3月 9日 | 日本弁理士会特許委員会が除くクレームの有用性についての検討結果を報告 |
| 令和 6年 3月 | 特許庁が「審判実務者研究会報告書2023」を公表 |
| 令和 6年10月30日 | 乳酵素処理物事件判決 |
| 令和 7年 4月 | 特許庁が「『除くクレーム』とする補正について」を公表 |
いわゆる「除くクレーム」については、ソルダーレジスト事件大合議判決(知財高判平成20年5月30日、平成18年(行ケ)第10563号)において、その適法性に関する判断基準が示された。同判決は、平成6年改正前の特許法第17条第2項(現行法の第17条の2第3項)にいう「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」の意味について、「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる、との基準を示した。
そして、この基準を前提として、除くクレームとする補正についても、当該補正が明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきであり、「例外的」な取扱いを想定する余地はないとした。
この大合議判決が確定したことを受けて、特許庁は平成22年6月、「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準を改訂した。
2.除くクレームの有用性に関する検討
日本弁理士会の令和4年度特許委員会第2部会は、除くクレームの有用性について検討し、令和5年3月9日付けの報告書において、その検討結果を報告した。
同報告書の要旨をまとめた「除くクレームの有用性についての検討」(パテント2024 Vol.77, No.6, pp.45-60)では、2021年度に登録された除くクレームの特許を対象とした分析の結果、化学系の技術分野のみならず、電気系・機械系・ソフトウェア系等の化学系以外の技術分野においても、除くクレームは、進歩性欠如の拒絶理由を解消するための補正手段として有用であると結論付けられている。
特に、引用発明の課題解決のための必須の構成を請求項に係る発明から除くことにより、「請求項に係る発明に到達するためには、引用発明においてその必須構成を敢えて採用しないことが必要である」という状況が構築されることを指摘し、このような除くクレームとする補正を行うとともに、引用発明から必須構成を除くように変更することには阻害要因がある旨を意見書で主張することが、進歩性の拒絶理由を解消するために有効であるとの知見が示されている。
3.除くクレームの濫用に対する懸念の高まり
このように除くクレームの有用性が認識される一方で、その利用拡大に伴い、その濫用を懸念する声も高まっている。
除くクレームは、新規事項の追加に該当しないとされやすいイメージがあることや、当初明細書等に記載された文言の追加によりクレームの範囲を段階的に減縮する補正と比較して、当初クレームの範囲をより広く維持できることなどから、特に上記大合議判決以降多用されている印象があるところ、除くクレームを用いて補正することは、拒絶理由等の回避のためであっても常に許されるべきではないし、また、除く範囲も適切なものでなければならず、さらに、除かれた後の補正クレームに関する進歩性の判断も的確に行われる必要がある、との見解がある1。
また、先行技術との重なりよりも広く除くことを許容すると、出願人(特許権者)は、出願時に開示がされていないにもかかわらず、先行技術の内容を参酌して、そこに記載されたものよりも広い範囲を除いて進歩性があると主張することができ、一方、第三者から見るとどのような補正(訂正)がなされるか予測がつかないことになるから、出願時の明細書等に開示されていない記載を除外するクレームにおいては、除く範囲に「引用発明との重なりのみ」といった制限を設けることが適切ではないか、との見解がある2。
さらに、特許庁の「審判実務者研究会報告書2023」(令和6年3月)においても、「偶発的な先行技術」に対して新規性を確保する場合に限らず、あまりに自由に除くクレームを用いることができる現状を問題視する意見が多くの参加者から示されたことが報告されている。同報告書には、特許庁に対し、除くクレームの補正が行われた後の審査においても、当初の拒絶理由に用いた先行文献で依然として新規性・進歩性を否定できないかを丁寧に検討すべき、との意見が記載されている。
1 加藤志麻子「除くクレームによる補正-除き得を許さない、適切な審査、審理についての提言」清水節先生古稀記念論文集『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』日本加除出版(2023年10月)
2 淺見節子「『除くクレーム』のあるべき姿とは-フッ素化合物の組成物事件を題材として-」知財管理2025年1月号(Vol.75, No.1, pp.5-18)
| ⚠除くクレーム濫用に対する懸念 |
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懸念事項1(許容される場面)
・拒絶理由等の回避のためであっても常に許されるべきではない。
・「偶発的な先行技術」に対して新規性を確保する場合に限らず、あまりに自由に除くクレームを用いることができる現状を問題視。
懸念事項2(除く範囲)
・除く範囲は適切なものでなければならない。
・出願時の明細書等に開示されていない記載を除外するクレームにおいては、除く範囲に「引用発明との重なりのみ」といった制限を設けることが適切ではないか。
懸念事項3(進歩性の判断)
・除かれた後の補正クレームに関する進歩性の判断も的確に行われる必要がある。
・除くクレームの補正が行われた後の審査においても、当初の拒絶理由に用いた先行文献で依然として新規性・進歩性を否定できないかを丁寧に検討すべき。
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4.知財高裁における近時の判断
知財高裁においても、近時、除くクレームを理由に進歩性ありとする出願人の主張を採用しなかった事例が見受けられる。
| 乳酵素処理物事件 | |
| 事件番号: | 令和6年(行ケ)第10012号 |
| 判決日: | 令和6年10月30日 |
| 争点: | 「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳を除く)」とする除くクレームの進歩性 |
| 出願人の主張: | 主引用発明の必須の構成要件である「ウシ初乳」を除くことにより阻害要因が生じ、進歩性が確保される |
| 裁判所の判断: | 引用発明に基づき容易に想到し得るものであって阻害要因は認められない |
乳酵素処理物事件(知財高判令和6年10月30日、令和6年(行ケ)第10012号)においては、主引用発明である「ウシ初乳」を用いた発明に対し、「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳を除く)」とする除くクレームの進歩性が争われた。原告(出願人)は、甲1発明(主引用発明)においてウシ初乳を選択した理由は、ウシ初乳がGc-グロブリンを高濃度で含有することにあるから、甲1発明において、ウシ初乳に代えてGc-グロブリン濃度が低いウシ常乳を用いる動機付けはなく、むしろ阻害要因があると主張した。
しかし、知財高裁は、以下の理由から、甲1発明に甲3技術的事項を適用し、甲1発明の「ウシ初乳」に代えて「ウシ由来の乳(ウシ初乳を除く)」を採用する動機付けは十分にあり、阻害要因は認められないと判断した。
・甲3公報には、Gc-グロブリン源として、「乳製品、初乳または発酵培養液」が開示されている。また、甲4、5、乙5、6により、ウシ常乳もGc-グロブリン源となることは、本件優先日前における周知技術であるといえる。
・ウシ初乳は、ウシ乳の中では相対的にGc-グロブリン濃度が高いとはいえ、血清、血漿などの血液由来の原料よりはGc-グロブリン濃度が低い材料であるといえる。
・甲1文献には、ウシ初乳以外のウシ乳を採用することについて、阻害要因となるような記載は認められない。
本判決は、引用発明の必須構成を除いたからといって直ちに阻害要因が認められるわけではなく、当業者の立場から容易想到性を実質的に判断すべきことを明らかにした点で注目される。この判断手法は、後述する特許庁の指針とも方向性を同じくするものである。
5.特許庁による指針の公表
令和7年4月、特許庁の審査基準室は、「『除くクレーム』とする補正について」と題する文書を公表した。この文書は、除くクレームとする補正を行う際の留意点を出願人に対して明確に示すものであり、以下の3点を重点的に指摘している。
| 「『除くクレーム』とする補正について」の要旨 |
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①進歩性について
引用発明と技術的思想として顕著に異なる発明でない場合、除くクレームとすることで進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどない。
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②新規事項の追加について
補正により技術的思想が変化していないことや、補正前から進歩性はあったこと等を意見書等で説明することが必要。
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③明確性について
「除く」部分が発明の大きな部分を占める場合や、引用文献中の表現を借りて記載されている場合、明確性欠如の可能性。
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第1に、進歩性に関して、引用発明と技術的思想として顕著に異なる発明でない場合は、除くクレームとすることによって進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどないことを明確に指摘している。この点は、除くクレームが新規性の確保のみならず進歩性の確保にも利用されている実態を踏まえ、その限界を明確化したものといえる。
第2に、新規事項の追加に関して、除くクレームにより進歩性欠如の拒絶理由を解消したと主張する場合には、請求項に係る発明の技術的思想が、引用発明の技術的思想と顕著に異なるものではない状態から、顕著に異なる状態へと変化している可能性があり、当該補正により新たな技術事項が導入されているという疑義が存在することを指摘している。このため、出願人に対し、当該補正により技術的思想が変化していないことや、補正前から進歩性はあったこと等を意見書等で説明するよう求めている。
第3に、明確性に関して、「除く」部分が、請求項に係る発明の大きな部分を占める又は多数にわたる場合や、拒絶理由通知で引用された文献中の表現を借りて記載されている場合における、明確性欠如の可能性を指摘している。
6.今後の展望と実務への示唆
以上に概観した一連の動向は、除くクレームの適正な運用を求める業界全体の潮流を示すものである。今後、特許庁の審査・審判実務及び知財高裁の判断において、除くクレームについてより慎重で厳格な判断がなされる事例が増加していくことが推測される。
このような状況において、今後の特許実務においては、除くクレームに過度に依存した戦略を見直す必要がある。除くクレームは、本来、偶発的な先行技術との重複を回避するための補正手段として位置付けられるべきものである。
引用発明の技術的思想と顕著に異なるものではない発明について、引用発明の必須構成を除くことで阻害要因の存在を主張するという安易な戦略は、今後の審査・審判実務及び裁判実務において通用しなくなっていくものと考える。他方、引用発明の技術的思想と顕著に異なる発明が形式的に新規性を欠く場合に、引用発明を除外して発明の範囲を明確化することは正当な実務である。つまり、除くクレームそのものが問題なのではなく、除くクレームを用いれば容易に進歩性が認められるという考え方が問題であることを認識すべきである。
7.おわりに
本稿では、除くクレームをめぐる近時の動向として、その有用性の再認識から濫用への懸念の高まり、そして実質的判断の重視と行政指針の公表という流れを概観した。これらの動向が示すのは、除くクレームを本来の用途である偶発的な先行技術の回避手段として位置付け直そうとする制度的是正の動きである。今後の審査・審判実務及び裁判例の展開を注視しつつ、制度趣旨に適った実務を積み重ねることが、特許制度全体の健全な発展に資するものと考える。
弁理士 竹中 謙史