2026.02.25 国内知財情報
知財高裁大合議判決(令和5年(ネ)第10040号)解説 ― 豊胸用組成物の製造と特許権侵害 ―

1.はじめに
本記事では、令和7年3月19日に出された知財高裁大合議判決(令和5年(ネ)第10040号)について解説します。本件は、医師が被施術者の血液から分離した血漿に市販の医薬品を混合して薬剤を調製する行為が特許権の侵害に当たるか否かが争われた事案です。医療行為に関連する「物の発明」の産業上の利用可能性(特許法29条1項柱書)や、調剤行為の免責規定(特許法69条3項)における「医薬」の意義など、特許制度の根幹に関わる法的論点について判断を示した重要裁判例です。
2.対象技術の説明
本件特許(特許第5186050号)は、豊胸術に使用される組成物の発明に関するものです。
従来の豊胸術には、シリコンジェルバッグ等のインプラントの挿入や、ヒアルロン酸の注入といった手法がありましたが、安全性や効果の持続性に課題がありました。本件発明は、従来のインプラント挿入やヒアルロン酸注入に伴う問題点を回避し、乳腺周囲に脂肪組織を生成・増加させて皮下脂肪組織の蓄積・増大を図ることを目的としています。具体的には、被施術者自身の血漿中に含まれるタンパク質や脂質等がb-FGFの作用と相まって皮下組織の増大に寄与し、さらに脂肪乳剤を補充することで効果的に脂肪組織の蓄積・増大が図れるとされており、以下の3つの成分を組み合わせる(含有する)点に技術的特徴があります。
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① 自己由来の血漿
自己の血液を遠心分離して得た液体成分。三成分のうち唯一の被施術者由来成分。 |
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② 塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)
血管や組織の形成を促進するタンパク質。市販の医薬品であるトラフェルミン製剤。 |
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③ 脂肪乳剤
脂肪を補充するための市販の静注用脂肪乳剤。明細書にはイントラリピッドが例示されている。 |
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このように、被施術者由来の血漿に市販の2つの医薬品を混合するという組み合わせにより、単独使用よりも効果的に脂肪組織の蓄積・増大を図ることができるとされています。

3.事件の概要
3-1. 当事者と訴訟の枠組み
本件特許の特許権者である株式会社東海医科(医療機器の販売・賃貸等を業とする企業。控訴人・原告)が、医師Y(美容クリニック経営者。被控訴人・被告)に対し、被告クリニックで行われている「3WAY血液豊胸」と称する施術における薬剤の製造行為が特許権侵害に当たるとして、損害賠償を求めた事案です。
3-2. 出願から訴訟に至るまでの経緯
本件特許は、もともと医師Aが発明者として平成24年に出願し、平成25年に設定登録されたもので、その後、東海医科が特許権の譲渡を受けています。出願時には「皮下組織増加促進方法」や「豊胸方法」といった方法クレームも含まれていましたが、産業上利用することができる発明に該当しないとの拒絶理由を受けて削除されており、登録された請求項は「物の発明」(組成物、注入ユニット)のみです。
4.原審の判断
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原審(東京地判令和5年3月24日・令和4年(ワ)第5905号)は、事実認定のレベルで特許権侵害を否定し、請求を棄却しました。
原告は、被告は3つの成分(血漿、トラフェルミン、イントラリポス〔本件特許の明細書に例示されたイントラリピッドと同種の脂肪乳剤〕)を混合して組成物を製造していると主張しました。
これに対し、被告は、成分をあらかじめ混合せず、血漿及びトラフェルミンを含むA剤と、イントラリポスを含むB剤を別々に体内へ投与していると反論しました。
原審は、証拠上、被告がこれらを事前に混合して「組成物」として製造していたとは認められないとして、原告の請求を棄却しました。なお、原審ではその余の争点(産業上利用可能性、69条3項の免責等)については判断されませんでした。
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5.知財高裁大合議の審理
5-1. 大合議指定に至る経緯
原告が控訴した後、知財高裁は特許法105条の2の11に基づく第三者意見募集を実施しました。この制度は令和3年特許法改正により新設されたもので、当事者の申立てにより、裁判所が必要と認めるときに、広く一般に対し、当該事件に関する法律の適用その他の事項について意見書の提出を求めることができるものです。さらに本件を大合議事件として指定し、審理が行われました。
5-2. 争点の構造
控訴審では、事実認定(混合していたか否か)に加え、医療関連発明の特許性や医師の行為に対する特許権の効力という、特許制度の根本に関わる法的論点が深く掘り下げられました。本件で設定された計11の争点のうち、特に重要なものは以下のとおりです。

5-3. 主要争点が争いになった背景
(1) 事実認定(混合か分離か)について
特許クレームには、三成分を含有する組成物と記載されているため、被告の主張どおりA剤とB剤を別々に投与していたのであれば、投与前のシリンジの中には三成分が揃っておらず、「組成物」を製造したことにならない可能性がありました。そのため、現場で実際にどう施術されていたかが最大の事実争点となりました。
(2) 産業上の利用可能性について
日本の特許実務では、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」は産業上の利用可能性の要件を満たさない発明として特許されません(特許庁審査基準第Ⅲ部第1章3.1.1)。ただし、物の発明(医薬等)は特許対象とされています。本件のような「被施術者自身の体から取り出した血漿を原材料の一部とし、加工してまた戻す物」は、医療行為と不可分一体であり、実質的に「方法の発明」ではないかという点が争われました。
(3) 調剤行為の免責(特許法69条3項)について
同条項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。…)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」に係る特許権の効力は、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為」には及ばないと定めています。本件では、そもそも豊胸目的の組成物が条文にいう「医薬」(=人の病気の…ため使用する物)に該当するかが根本的な問題となりました。
当事者の主張対比表

6.知財高裁大合議の判断
知財高裁は原判決を取り消し、被告による特許権侵害を認めました。以下、主要争点ごとに判断の内容を説明します。
6-1. 事実認定:薬剤の製造行為(争点1-2)
結論:被告は、三成分を混合した組成物を製造(生産)していた。
裁判所は、クリニックにおいて作成されていた薬剤ノートの記載、被施術者に交付されていた書類の記載、ウェブサイト上の広告の記載等を総合的に評価し、被控訴人が三成分を同時に含む薬剤を調合して被施術者に投与していたと認定しました。これにより、別々投与の場合に体内で混合したときに「生産」に当たるか(争点1-3)については判断の必要がなくなりました。
6-2. 産業上の利用可能性(争点2-1)
結論:本件発明は「産業上利用することができる発明」に該当する(特許有効)。
裁判所は、まず法29条1項柱書が人体に投与する物を特許対象から明示的に除外していないこと、昭和50年改正で医薬の発明を不特許とする旧32条2号が削除された経緯を指摘しました。その上で、人体に投与することが予定されていることをもって「物の発明」を実質的に「方法の発明」と解釈し、産業上利用することができる発明に当たらないと解釈することは困難であるとしました。
自己由来の血漿を用いる点についても、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血・組成物の製造・投与が常に一連一体の不可分な行為であるとはいえないとしました。再生医療等の先端医療技術の発展には製薬産業等の研究開発が大きく寄与しており、技術の発展を促進するために特許保護を認める必要性があると結論づけています。
6-3. 調剤行為の免責(争点3-2)
結論:本件組成物は69条3項にいう「医薬」に該当せず、免責規定は適用されない。
裁判所は、特許請求の範囲に「豊胸のために使用する」と明記されていること、明細書に「容姿の美容の目的」と記載されていることから、本件組成物の目的は主として審美にあるとしました。その上で、「病気」の一般的な語義(「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」〔広辞苑〕等)に照らし、主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態は「病気」とは言い難く、本件組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」と認めることはできないと判断しました。
また、69条3項の立法趣旨について、同条項は医師が病気の治療等のために最も適切な医薬を選択し処方せんを介して調剤する行為を「医療行為の円滑な実施という公益の実現」の観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないようにするものであるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできないとしました。
したがって、「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、「医薬」該当性の段階で69条3項の適用は否定されています。

7.本判決の意義と実務への示唆
7-1. 人体由来の原材料を含む物の発明の権利化・行使を肯定
従来、オーダーメイド医療や再生医療のような「被施術者から採取した素材を加工して戻す」技術は、医療行為との境界が曖昧で、権利行使が難しいとされてきました。本判決は、「人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明」についても産業上利用可能性を肯定し、特許保護の対象となることを明言しました。この判断は、特許庁の審査基準が従来から物の発明としての医薬を特許対象としてきた運用を、裁判所が正面から是認したものといえ、バイオ・ヘルスケア分野において人体由来材料を含む物の発明の特許出願を行う際の実務的な指針として、大きな意義を持つといえます。
7-2. 69条3項の「医薬」の範囲に関する判断
特許法69条3項にいう「医薬」の定義について、裁判所が正面から判断を示した意義は大きいといえます。本件発明の豊胸用組成物は「人の病気の…治療等のため使用する物」に該当しないとされ、医師の調剤行為としての免責が否定されました。この判断は、少なくとも主として審美を目的とする薬剤の調製については69条3項の免責が及ばないことを示したものといえます。もっとも、本判決が判断したのはあくまで豊胸用組成物についてであり、例えば治療目的と審美目的が不可分に結びつくような領域における69条3項の適用については判断が示されていません。今後、こうした境界的な事案において裁判所がどのような基準を示すかが注目されます。
7-3. 争点1-3(別々投与による「生産」該当性)は未解決
本件で最も注目されていた論点の一つである「三成分を別々に投与し体内で混合した場合に『生産』に当たるか」という問題は、事実認定により判断が回避されました。医療現場において投与方法を工夫することで特許回避が可能かという実務上極めて重要な問題であり、今後の事案において再び争われる可能性があります。
7-4. 侵害立証に関する実務上の教訓
侵害立証において、現場の「薬剤ノート」や同意書、ウェブサイトの広告等の記載から製造行為(混合)が推認された点は、密室で行われる医療行為の証拠収集実務において重要な指針となります。特許権者としては、侵害の疑いがある行為について、当該行為の内容を推認し得る証拠を継続的に収集・保全しておくことが肝要といえます。
弁理士 竹中 謙史



