2026.07.09 国内知財情報
特許・実用新案審査基準/審査ハンドブック改訂の実務ポイント ―令和8年7月1日以降の審査に適用されます―

令和8年6月25日、特許庁は「特許・実用新案審査基準」及び「特許・実用新案審査ハンドブック」の改訂を公表しました。改訂後の基準は令和8年7月1日以降に行われる審査に適用されます。出願日・審査請求日を問わず、現に係属中の案件の今後の審査(拒絶理由通知・査定)にも適用される点にご留意ください。なお、特許庁は今回の改訂を「運用の変更ではなく明確化」と位置付けており、審査基準改訂の前後で取扱いを変えるものではないとしています(意見募集への回答)。
改訂項目の全体像は次のとおりです。
改訂項目の全体像は次のとおりです。

1.「除くクレーム」とする補正(最重要)
除くクレーム補正の増加と第三者からの懸念を背景に、新規事項(17条の2第3項)・進歩性(29条2項)・明確性(36条6項2号)にわたり審査基準の記載が見直されました。特に、進歩性欠如の拒絶理由を除くクレームで解消しようとする場面を念頭に置いた改訂であり、意見書での説明が事実上必須になります。

1-1.何が変わったか(新規事項:審査基準第IV部第2章3.3.1(4))
・判断枠組みの明確化:除くクレームが他の補正と同じく「新たな技術的事項を導入するものであるか否か」で判断されること自体は改訂前から記載されていましたが、従来の類型(i)(引用発明との重なりのみを除く補正)・(ii)(「ヒト」を除く補正)が断定調で記載されていたため、(i)(ii)が要件であるかのような誤解(該当すれば当然に許され、該当しなければ許されないとの誤解)の懸念がありました。今回の改訂では、(i)(ii)は「通常」許される例示にすぎないことが明示され、(i)(ii)に該当しない補正でも明示的記載・自明な事項や下位概念化(3.3.1(2)b)等の考え方に準じて許される場合があること、他方で当初明細書等から当業者が把握できない技術上の意義が追加される場合には許されないことが明文化されました。
・類型(i)の前提の明確化:(i)は「請求項に係る発明が引用発明と偶然重なるために新規性等が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除くことにより、請求項に係る発明と技術的思想として顕著に異なる発明を含まないことを明らかにする補正」と改められました(「本来進歩性を有するが」の文言は削除)。「技術的思想として顕著に異なる発明」とは、当初明細書等の全ての記載と出願時の技術常識に照らして、出願当初から請求項に係る発明に含まれることが「到底想定されない」と当業者が理解できるものをいう、との定義が追加されています。事例(例4)も、鉄板洗浄剤の例から、飼料保存用組成物から毒物(フルオロ酢酸ナトリウム)を除く例に差し替えられました。
・留意事項の新設(実務の核心):①(i)を理由に補正する場合、意見書で「技術的思想が顕著に異なる」と単に主張するのみでは不十分で、課題や技術常識を考慮すれば到底想定されないものを除いていることを、当初明細書等に記載した事項との関係に基づいて説明することが求められます。②進歩性欠如の解消を主張する除くクレームについては、進歩性のなかった補正前発明が補正により進歩性を有する発明へ変化していると認められる場合、新たな技術的事項の導入と判断され得る旨の注意喚起が明記されました。③除く部分が発明の大きな部分を占める場合・多数にわたる場合のほか、除く部分の定義が本願明細書等に記載されていない場合や明細書等の定義と異なる場合の明確性にも留意するとされました。
1-2.何が変わったか(進歩性:審査基準第III部第2章第2節)
・「引用発明としての適格性」の文言が削除され、阻害要因があることをもって直ちに進歩性が肯定されるわけではなく、否定側の要素も含めて総合的に評価することが明記されました。阻害要因には強弱(程度の差異)があることにも留意するとされています。
・論理付けの判断では、引用文献に明示的に記載された課題に「過度にとらわれることなく」、当業者にとって自明な課題や、引用発明に接した当業者であれば出願時の技術常識に基づき容易に着想し得る課題についても考慮することが明記されました。「引用発明の必須構成を除いたから阻害要因があり進歩性あり」という型の主張は通りにくくなります。
1-3.審査ハンドブック(第XII部第1章の新設)
・第XII部第1章「『除くクレーム』とする補正がされた出願の審査」(12101~12103)が新設され、進歩性・新規事項・記載要件の各判断の留意事項と、4つの事例が掲載されました。認められた例は「縮合ピリミジン誘導体」(マーカッシュ形式から引用文献記載の特定化合物2つを除外→特許査定)と「動物用経口投与組成物」(毒物であるフルオロ酢酸ナトリウムを除外→特許査定)、認められなかった例は「インクジェットプリンタ用洗浄液」(数値範囲の重なりの除外→新規事項+近傍値への設計変更で進歩性なし)と「包装袋」(引用発明の必須構成の除外+阻害要因の主張→阻害要因は弱いとされ進歩性なし・新規事項・明確性違反)です。附属書A(事例集)の新規事項の事例32・33は削除されています。
・行き詰まった場合の出口も整備:除くクレームが新規事項とされた場合、「…を除く」との記載を削除する補正は目的外補正に該当し得ますが、当初明細書等に記載された事項に基づいて発明を限定する補正と併せて行い、既になされた審査結果を有効に活用して拒絶理由がないと判断できるときは、補正却下されずに特許査定される運用が明記されました(12102)。面接等で補正案を提示して審査官の見解を求めることもできます。また、拒絶査定時には審判請求の参考となるよう新規事項の拒絶理由が付記されます。
1-4.実務上の留意点

(1)進歩性欠如の解消を目的とする除くクレームには慎重な検討が必要です。まず、用途限定・構成の付加等の積極的な限定によって対応できないかを検討することが望まれます(「除く」部分は明細書を参酌した解釈ができず、権利範囲が想定どおりにならないおそれがある点も特許庁が注意喚起しています)。
(2)除くクレームで応答する場合の意見書では、(a)補正の根拠を当初明細書等の記載との関係に基づいて説明すること(「重なりのみを除いた」「技術的思想が顕著に異なる」との説明だけでは不十分とされます)、(b)除くものが出願当初から技術的思想として含まれることが到底想定されないものであることを、発明の課題・技術常識を踏まえて具体的に説明することが求められます。説明がなく対応関係が不明な場合は、新規事項として拒絶理由通知・補正却下の対象となります(ハンドブック4203)。
(3)進歩性の主張を「阻害要因」のみに依拠させることは危険です。動機付けの不存在や有利な効果と併せて主張を構成し、補正によって初めて生じる効果を根拠としないことが重要です(新規事項と評価されるリスクがあります)。
(4)「除く」部分の記載は一義的に明確にし、引用文献の表現の引き写しを避けます。除く対象の定義は本願明細書と整合させる必要があります。特に、「特開○○号公報の請求項○に記載のAを除く。」のように他の文献を引用する形式は、その文献を見なければ内容を把握できない場合には明確性要件違反となることが明記されたため(ハンドブック12101)、用いるべきではありません。
(5)39条・29条の2の解消目的では従来どおり利用できますが、上記(2)の説明は同様に丁寧に行う必要があります。
2.先願(39条)・同日出願の審査運用の変更
同一発明の同日出願が問題になる場面自体はまれですが、該当した場合の審査の進み方が大きく変わりました。「他方を審査請求するまで審査は止まる」という従来の前提が通用しなくなります。

2-1.何が変わったか(審査基準第III部第4章)
・同一出願人の同日出願(いずれも係属中の場合):従来は、一部の出願が審査請求されていないと「39条2項の審査を進めることができない旨の通知」がされ、審査が保留されていました。改訂後は、審査請求の有無にかかわらず、協議の指令とともに39条2項(4項)の拒絶理由が通知され、他の拒絶理由も同時に通知されます。指定期間内に協議結果の届出も補正等の対応もないと、協議不成立とみなされ、拒絶査定となります。
・異なる出願人の場合も審査は止まらない:同日出願が審査請求されていない場合でも、39条以外の拒絶理由があればそれが通知され、解消しなければ拒絶査定がされます。39条以外の拒絶理由がなければ、他方の審査請求を待たずに協議の指令がされ、審査が進められます。
・協議結果の届出に関する規定の新設(4.4.3):協議の指令に対しては、必ずしも協議結果を届け出る必要はなく、補正や反論により同日出願発明との同一性を解消する対応でもよいことが明文化されました。届出をする場合は、意見書・上申書等で「協議により定めた一の出願」を明記します。いずれの出願にも記載がない場合や、本願と他方の出願とで矛盾する記載をした場合は協議不成立として扱われます。また、他方の出願のみを補正して本願を補正しなかった場合に、補正後もなお両発明が同一であると審査官が判断し、かつ本願を協議で定めた旨の説明もないときは、本願が協議で定めた出願とは推認されず、協議不成立と判断されます。
・このほか、同一出願人でも最先の出願のみが特許を受けられること(一発明一権利の趣旨)の明文化、審査の進め方の場合分けの再構成、39条通知書の様式・手続の簡素化(ハンドブック3405~3410)等が行われました。
2-2.実務上の留意点
・同一発明を含み得る同日出願の係属案件(同日の並行出願、実用新案登録出願との同日出願等)については、いずれの出願で権利化するかの方針を早期に検討しておくことが重要です。同一出願人の場合、協議指令+拒絶理由通知への応答期間内に対応(補正・届出・取下げ等)しなければ、直ちに拒絶査定となり得ます。
・協議結果を届け出るときは、本願側と他方の出願側の意見書・上申書の記載を必ず整合させる必要があります(矛盾する記載は協議不成立として扱われます)。他方の出願の補正のみで対応する場合も、本願側での説明を欠かさないことが重要です。
・「他方が審査請求されるまで審査は進まない」という従来の前提は通用しなくなる点に注意が必要です。
3.外国語書面出願の分割・誤訳の取扱い(国際出願にも波及)

3-1. 何が変わったか(審査基準第VII部・第VIII部)
・分割要件の判断方法の明文化:原出願が外国語書面出願である場合、要件2(出願当初の範囲内)は「原出願の外国語書面に記載された範囲内であって、かつ翻訳文に記載された事項の範囲内(誤訳訂正が許される範囲を含む)」として判断することが明記されました。
・誤訳の訂正は誤訳訂正書によった場合のみ救済:原出願の分割直前の明細書等に誤訳がある場合、分割出願(外国語書面出願)において誤訳訂正書により訂正したときは、それが原出願でも誤訳訂正として許され得る範囲内である限り、要件3(分割直前の範囲内)違反とは判断されません。一方、誤訳訂正書によらずに、分割出願の当初翻訳文や通常の補正で誤訳を改めた場合、及び分割出願を通常の特許出願とした場合は、この救済はなく、要件3(分割直前の範囲内)を満たさないと判断され、出願日の遡及が認められなくなるおそれがあります(通常の補正による修正は、分割出願自体における翻訳文新規事項の拒絶理由等にもなり得ます)。
・翻訳文提出前の制限の明確化:翻訳文が提出されるまでは外国語書面出願の明細書等が存在しないため、補正も分割出願もできないことが明記されました。
・一部翻訳+誤訳訂正書による追加の禁止(新設4.1.5):外国語書面のごく一部のみを翻訳文として提出し、誤訳訂正書によって初めて多くの部分の翻訳を追加する手続は、制度の濫用に当たり許されず、翻訳文新規事項として扱われます。
・変更出願・実用新案登録に基づく特許出願、及び国際特許出願(第VIII部)についても、上記と整合する判断方法が整理されました。
3-2. 実務上の留意点
・外国語書面出願を分割する際、原出願の翻訳文に誤訳を発見しても、分割出願の翻訳文・明細書の作成時にそのまま修正することは避けるべきです。分割出願も外国語書面出願として出願した上で、誤訳訂正書による訂正手続をとる必要があります(通常出願への切替えや訂正手続によらない修正では救済されません)。
・分割予定案件の翻訳チェックで誤訳の有無を確認し、発見した場合は分割前に対応方針(誤訳訂正書の要否)を決めておくことが望まれます。
・翻訳文は全文を期間内に提出する必要があります。誤訳訂正書を「後から翻訳を追加する」手段として用いることはできません。
4.動画の引用(審査ハンドブック)
4-1. 何が変わったか
インターネット上の動画等を引用文献とする場合の取扱いが審査ハンドブックで整備されました。拒絶理由中で動画を引用する場合の記載例の追記(1207)、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明の取扱いへの動画引用時の留意事項の追記(3208。旧3211を移動・統合)が行われています。なお、パスワードが必要または有料のウェブページ等でも公衆に利用可能であるとの従来の考え方(旧3208)は、3209と重複するため項目としては削除されましたが、考え方自体に変更はありません。また、動画等のページ自体に公開日の表示がない場合でも、ウェブアーカイブの保存日時や、同じサイトの新着情報ページの記載などの別の証拠により公開日を認定する運用が明記されました。

4-2. 実務上の留意点
・動画(YouTube等)を引用した拒絶理由通知が今後増えることが見込まれます。動画が引用された場合は、公開日時・引用箇所(再生時間による特定)・内容の認定が適切かを確認して対応することになります。
・出願をお考えの皆様へ:出願前の製品紹介動画、展示会・発表会の動画配信、クラウドファンディングの動画等の公開は、新規性喪失の原因となります。動画の公開前に出願を済ませることを徹底し、既に公開してしまった場合は、速やかに新規性喪失の例外規定(30条)の適用を検討する必要があります。
5.その他の改訂事項
・会社分割と出願人同一(29条の2、39条):29条の2の「出願人同一」の判断について、出願人名義変更届も考慮すること、及び、改称や一般承継(相続、合併又は会社分割等)は特許庁への届出がなくとも効力が生じ、表示上不一致でも実質的に出願人同一と判断できる場合があることが、審査基準本文(第III部第3章3.1.2の注)に明記されました。39条の出願人の異同の判断も同様です。
・特許出願の時又は日の確認(第I部第2章第1節に新設):分割出願・変更出願・実用新案登録に基づく特許出願・先願参照出願については、実体的要件を満たすか否かの判断を経て出願日が確認されることが、審査手順として明記されました。
・審判決例の追加:附属書D(審判決例集)の新規性・進歩性に、知財高判令和7年9月29日(令和6年(行ケ)10081号)「愛玩動物マッチングシステム及び愛玩動物マッチング方法」が追加されました。
6.参考:特許庁公表資料へのリンク
【注記】本資料は、改訂後の審査基準・審査ハンドブックの本文、改訂案の新旧対照表、意見募集開始時からの主な変更点、御意見に対する考え方(いずれも特許庁公表)等の一次資料に基づいて作成しています。本資料は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の案件に関する法的助言ではありません。個別案件への適用にあたっては、改訂後の審査基準・審査ハンドブックの該当箇所を必ず原文でご確認ください。
弁理士 竹中 謙史